医学部「地域枠」制度の包括的分析:受験生が享受するメリットと卒業後に課される義務の法的実態

サマリー

医学部の「地域枠」制度は、医師を志す者にとって重要な機会を提供する一方で、長期的かつ法的に拘束力のある契約を伴う二面性を持つ。本レポートは、この制度が提供する具体的なメリット、卒業生が遵守すべき厳格な義務、そして制度の将来を左右する重要な法的課題について、包括的な分析を行う。

地域枠は、多額の経済的支援と入学機会の拡大を通じて医学部への門戸を開くが、その対価として卒業後9年間にわたる特定地域での勤務という重大な義務が課される。これまで絶対的なものと見なされてきたこの契約上の義務は、近年、消費者契約法や労働基準法を根拠とした前例のない法的精査に直面している。その結果、契約の絶対的な執行可能性という前提はもはや確実ではなく、制度は大きな転換点を迎えている。本レポートは、この複雑な制度を多角的に検証し、受験生、保護者、そして医療政策関係者がその全体像を理解するための一助となることを目的とする。


第1章 地域枠の魅力:医師志望者が享受する具体的メリット

地域枠制度が、多大な責務を伴うにもかかわらず、なぜ多くの受験生を惹きつけるのか。本章では、その魅力の源泉となっている具体的なメリットを詳述する。

1.1 制度設立の政策的背景

地域枠制度は、日本の医療が抱える構造的な課題、すなわち医師の地域偏在および診療科偏在を是正するための直接的な政策対応として設立された 1。これは、医療過疎地や不採算部門となりがちな診療科において、安定的に医師を確保するための、国および地方自治体の最重要戦略の一つである 5

その重要性は、制度の劇的な拡大に明確に表れている。2007年度には医学部総定員のわずか2.4%(183人)であった地域枠等の学生数は、2024年度には19.5%(1,808人)にまで急増しており、国の医療政策における中心的な役割を担うに至っている 6。この拡大は、医療法および医師法の改正により、都道府県知事が大学に対して地域枠の設定・拡充を要請する法的権限を与えられたことに後押しされている 6

1.2 経済的負担の軽減:医学部への道を拓く財政支援

地域枠が持つ最大のメリットは、手厚い経済的支援である。多くのプログラムでは、奨学金の貸与や授業料の減免措置が設けられており、医学部進学に伴う経済的負担を大幅に、あるいは完全に解消することが可能となる 10

この支援の原資は、多くの場合、学生が将来勤務することになる都道府県が提供している 11。例えば、順天堂大学などが参加する「東京都地域医療医師奨学金」制度では、6年間の学費に加え、生活費として月額10万円(総額720万円)が別途支給される 11。このような手厚い支援は、経済的な理由で医学部進学を断念せざるを得なかった優秀な学生にとって、医師への道を拓く決定的な要因となり得る。

重要なのは、これらの資金が「貸与」という形式をとりつつも、卒業後に規定の義務年限を履行することで返還が免除される「返還免除型奨学金」として機能する点である 6

1.3 入学機会の拡大:より現実的な合格可能性

地域枠は一般選抜とは別の募集枠として設定されるため、競争倍率が比較的低く、合格基準も一般選抜より緩やかになる傾向がある 11。これは、日本の医学部入試が極めて熾烈な競争環境にあることを踏まえれば、受験生にとって大きな戦略的優位性となる。

この制度は全国の国公立大学および私立大学の多くで導入されており、受験生は幅広い選択肢の中から自身の条件に合った大学を選ぶことができる 1。ただし、「入りやすい」という言葉は相対的なものであり、合格には依然として高い学力が求められる点を軽視すべきではない。安易な認識は、入学後のミスマッチを招く危険性がある 12。また、一部の大学では合格した場合に必ず入学することを確約する「入学確約」が条件となっており、他大学との併願戦略に大きな制約をもたらすことにも注意が必要である 12

この制度がもたらす経済的メリットは、単なる学費補助にとどまらない。それは、医学教育における社会経済的な格差を是正する強力な機能を果たしている。数千万円に及ぶ私立大学医学部の学費を全額カバーしうる奨学金制度は 11、経済的に恵まれない家庭出身の優秀な学生にとって、医師になるための唯一かつ現実的な選択肢となることが多い。しかし、この「機会の平等」という側面は、同時に受益者である学生を高いリスクを伴う依存状態に置くことにもなる。医師になるという夢を実現するための代替手段がないため、多くの学生は、10年近くに及ぶ契約の長期的・法的な意味合いを十分に理解しないまま、地域枠を選択せざるを得ない状況に置かれる。制度の魅力そのものが、学生の脆弱性を生み出し、将来、個人のキャリアプランやライフプランが制度の厳しい現実と衝突した際に、深刻な葛藤や法的紛争の火種となる構造を内包しているのである。

1.4 キャリアパスの明確化と地域貢献

地域枠制度は、卒業後9年間のキャリアパスをあらかじめ規定するため、多くの医学生が直面する臨床研修先のマッチングに関する不安や不確実性を取り除くという利点がある 10

また、出身地や特定の地域社会への貢献に強い意欲を持つ学生にとって、この制度は自らの使命感と職業生活を直結させるための理想的な道筋を提供する 10。地域医療の現場で住民から直接感謝され、必要とされる経験は、医師としての大きなやりがいと職業的満足感につながる可能性がある 18


第2章 拘束力のある約束:卒業後の義務(デメリット)の包括的分析

本章では、利用者が最も重視する「本当に守るべき義務」について、その内容と影響を詳細に分析する。これは単なるデメリットの列挙ではなく、医師の人生を長期にわたって規定する契約の重さを解き明かすものである。

2.1 契約の基礎:三者間での法的合意

地域枠への参加は、口約束ではなく、法的に拘束力を持つ契約の締結によって成立する。この契約は通常、学生本人、そして学生が未成年であることが多いためその保護者(法定代理人)、大学、そして奨学金の提供者である都道府県との間で交わされる三者間(または四者間)契約となる 6

この契約書には、卒業後の勤務義務(従事要件)と、義務を履行できなかった場合(離脱要件)の規定が明記されており、出願時にこれらの条件に書面で同意することが入学の絶対条件である 6

2.2 9年間の勤務義務:中核となる責務

厚生労働省が推奨する標準的な義務内容は、卒業直後から指定された都道府県内で9年間、医療に従事することである 6。この期間には、最初の2年間の初期臨床研修と、その後の7年間の専門的な診療が含まれ、医師としてのキャリア形成期である30代半ばまで、その身分を拘束することになる 15

さらに、この9年間のうち約4年間は、離島やへき地など、都道府県が医療計画で定める「医師少数区域」での勤務が義務付けられる場合が多く、より厳しい環境での医療提供が求められる 6

2.3 専門職としての自律性の制約

  • 地理的制約:最も根本的な制約は、9年間にわたり、指定された都道府県外で働く自由がないことである。
  • 診療科選択の制約:地域の医療ニーズを充足させるため、一部の都道府県では産婦人科、小児科、救急科といった特定の診療科を選択するよう義務付けたり、制限を課したりすることがある 3
  • キャリア形成への影響:へき地の医療機関や設備が限られた病院での勤務は、最先端の医療技術や多様な症例に触れる機会を制限し、専門医資格の取得が遅れたり、大学院進学や研究活動といった学術的なキャリア形成の妨げになったりする可能性がある 15。各都道府県はキャリア形成プログラムを用意してこの問題に対応しようとしているが 22、都市部の同僚医師との間にキャリア上の格差が生じることへの懸念は根強い 23

2.4 個人のライフプランとの衝突

18歳時点で交わされる9年間の約束は、結婚、出産、育児、親の介護といった重要なライフイベントが集中する20代後半から30代前半にかけて履行される 15

契約による地理的な制約は、深刻な個人的困難を生じさせることがある。例えば、配偶者が他の都道府県で勤務している場合でも転居が許されず、家族が離れ離れになる可能性がある。また、遠隔地に住む親の介護が必要になっても、傍にいることができないといった事態も想定される。

一部のプログラムでは、出産や育児を理由とした勤務の一時中断が認められているが、その場合、中断した期間だけ義務年限が延長されることが多く、長期的な人生設計をさらに複雑にする要因となる 16

2.5 「離脱」の現実

法的な拘束力にもかかわらず、一定数の医師が義務の履行途中でプログラムからの離脱を試みる。厚生労働省の調査によれば、離脱の最大の理由は「希望する進路との不一致」であり、都道府県が離脱に同意したケースでは49%、同意しなかったケースでは実に71%を占めている 25。これは、医師としての専門性が確立される過程で生じるキャリア志向の変化と、制度の硬直性との間に深刻な乖離があることを示唆している。

この「キャリアのミスマッチ」による離脱率の高さは、個々の医師の意志の弱さや倫理観の欠如といった問題に還元されるべきではない。むしろ、制度そのものに内包された構造的欠陥の現れと捉えるべきである。医師のキャリアパスは、医学部入学時に固定されるものではなく、6年間の教育と2年間の初期研修を通じて、多様な医療分野に触れる中で動的に形成されていくのが通常である 17。しかし地域枠制度は、18歳の若者に対し、その後の約15年間のキャリアを地理的に固定することを要求する。専門医としての高度なトレーニングや、特定の分野での研究を志向するようになった若手医師にとって、へき地での勤務義務はキャリア形成上の大きな障害となる。このように、現代の医師のキャリア形成の実態と、制度が要求する硬直的な勤務形態との間には、予測可能かつ体系的な衝突が存在する。この構造的摩擦こそが、離脱や法的紛争の根本的な原因となっている。

さらに、この制度に対する満足度には、学生時代と卒業後で顕著な「現実とのギャップ」が存在する。ある調査では、地域枠の学生の71%が制度に満足していると回答したのに対し、義務を履行中の卒業生医師ではその割合が50%にまで低下した 26。また、後輩にこの制度を勧めたいと回答した割合も、学生の45%に対し、卒業生では25%~31%にまで落ち込んでいる 26。この満足度の急落は、奨学金という恩恵を受けている学生時代に想像する義務の重さと、卒業後に直面するキャリアの制約や個人的犠牲といった厳しい現実との間に大きな隔たりがあることを物語っている。この「リアリティ・ショック」が、離脱願望の引き金となっていることは想像に難くない。


第3章 地域枠契約の法的枠組み

本章では、地域枠契約がどのような法的性質を持ち、なぜ近年の訴訟でその有効性が争われているのかを、関連法規に照らして分析する。

3.1 契約の曖昧な性質:奨学金か、労働契約か

地域枠契約は、単一の法分野では捉えきれない複合的な性質を持つ。表面的には、これは**条件付きの金銭消費貸借契約(貸与型奨学金)**である。すなわち、教育資金を提供する見返りに将来の特定の役務(医療従事)を約束させ、その約束が果たされない場合には資金の返還を求めるという構造だ 12

しかし、その「役務」が医師としての労働であり、義務の不履行に対して単なる元本と利息の返還を超えるペナルティが課される場合、この契約は違約金をあらかじめ定めた長期の労働契約としての側面を色濃く帯びることになる。この法的な性質の曖昧さこそが、現在の法廷闘争における中心的な争点となっている。

3.2 消費者契約法:学生を保護する法律

学生が地方自治体(「事業者」)との間で地域枠契約を締結する際、学生は「消費者」と見なされ、消費者契約法が適用される 27

この法律の中でも特に重要なのが第9条である。この条文は、消費者が契約を解除した際の損害賠償額や違約金を定める条項について、その金額が「事業者に生ずべき平均的な損害の額」を超える部分を無効とすると定めている 27

ここでの法的な核心は、「医師一人が義務を離脱した際に、都道府県が被る『平均的な損害』とは何か」という点にある。それは貸与した奨学金の元本と利息に限られるのか、それとも、一人の医師が欠けることによる地域医療への抽象的な損害まで含まれるのか。現在進行中の訴訟では、原告側は、数百万から数千万円に及ぶ違約金は、合理的に算定される実損害をはるかに超える懲罰的なものであり、違法であると主張している。

3.3 労働基準法:労働者としての医師を保護する法律

医学部を卒業し、指定された医療機関で勤務を開始した時点で、地域枠医師は「労働者」となり、都道府県や指定医療機関は事実上の「使用者」となる。この段階から、労働基準法の適用が問題となる 31

特に重要なのが**第16条(賠償予定の禁止)**である。この条文は、使用者が労働契約の不履行(例えば、一定期間内の退職)について、あらかじめ違約金を定めたり、損害賠償額を予定したりする契約を結ぶことを明確に禁止している 32。これは、労働者が退職の自由を不当に制約されることを防ぐための重要な規定である。

地域枠契約における高額な違約金や奨学金の一括返還条項は、早期退職に対するペナルティとして機能し、労働者の退職を経済的に困難にさせる「足止め策」に他ならない。したがって、これらの条項は労働基準法第16条が禁止する「賠償予定」に該当し、無効である、というのが原告側の主張の核心である 32

これらの法的課題は、二つの異なる、しかし相互に関連する法体系(消費者法と労働法)を用いて、個人の自由を制限する懲罰的な契約条項という同じ核心的問題に挑んでいる。この関係性は、学生が契約を締結する「消費者」としての段階と、卒業後に勤務を開始する「労働者」としての段階に分けて考えると理解しやすい。契約上のペナルティ条項は、消費者である段階で合意されるが、その発動条件は労働者として退職するという行為である。このため、原告は、ペナルティへの「合意」そのものが過大な違約金を禁じる消費者契約法に違反し、そのペナルティの「執行」が賠償予定を禁じる労働基準法に違反するという、二段構えの法的戦略をとることが可能となる。この二重の脆弱性が、従来の地域枠契約モデルを根本から揺るがしているのである。


第4章 約束が破られる時:法的判例と進行中の紛争

本章では、利用者の要望の中心である「最新の判例」に焦点を当て、地域枠契約の法的有効性を問う具体的な訴訟事例を詳細に分析する。

4.1 注目すべき訴訟1:山梨県に対する違約金条項差止請求訴訟

  • 背景:適格消費者団体である消費者機構日本(COJ)が、山梨県の地域枠制度における違約金条項が消費者契約法に違反するとして、同県に対し条項の使用差止を求める訴訟を提起した 36
  • 問題の条項:山梨県の契約では、義務を離脱した場合、貸与された奨学金(元本936万円)と年利10%の利息の返還に加えて、別途約842万円もの高額な違約金の支払いが求められる 27
  • 原告(COJ)の主張:この追加的な違約金は、県が被る「平均的な損害」を著しく超える懲罰的なものであり、消費者契約法第9条に違反し無効であると主張。県の実損害は、すでに高利で返還される奨学金元本で十分に填補されるはずだと指摘している 27
  • 被告(山梨県)の主張:県側は、地域枠を通じて医師になれるという学生側の利益は非常に大きく、この条項は「消費者の利益を一方的に害するもの」ではないと反論している 37
  • 意義:この訴訟は、地域枠のペナルティ条項を消費者法の観点から直接問う、極めて重要な試金石である。原告勝訴となれば、全国の自治体が同様の高額な違約金条項の見直しを迫られる画期的な判例となる可能性がある。

4.2 注目すべき訴訟2:自治医科大学卒業生による債務不存在確認等請求訴訟

  • 背景:地域医療を担う医師の養成を目的として設立された自治医科大学の卒業生が、指定勤務先を退職したことを理由に大学および愛知県から求められた約3,766万円(元本2,660万円+利息・損害金)の一括返還義務は存在しないとして、債務不存在確認などを求めて提訴した 31
  • 原告の主張:この訴訟は、より広範な法的根拠に基づいている。
    1. 憲法違反:勤務地を一方的に指定する制度は、**憲法第22条(居住・移転、職業選択の自由)**を侵害する。
    2. 労働基準法違反:9年を超える勤務義務は**同法第14条(労働契約の期間)の上限に違反し、高額な返還要求は同法第16条(賠償予定の禁止)**に違反する。
    3. 消費者契約法違反:年利10%という高利率および損害金は同法第9条に違反する 31
  • 被告(大学・県)の主張:大学側は、自らは労働基準法上の「使用者」ではなく(使用者は勤務先の病院)、本契約は労働契約ではなく有効な条件付き貸与契約であると反論している 31
  • 意義:この訴訟は、問題を消費者法から憲法および労働者の基本的権利へと拡大し、ペナルティの金額だけでなく、長期の勤務義務という制度の根幹そのものの適法性を問うものである。

4.3 重要な関連判例:医療法人K会事件(看護師)

  • 背景:ある病院が、6年間の義務年限を果たさずに退職した看護師に対し、奨学金の返還を求めて提訴したが、広島高等裁判所は病院側の請求を退けた 32
  • 判決理由:裁判所は、契約が「貸与」という形式をとっていても、その実質的な目的が看護師の退職を困難にさせる「足止め策」であると認定。したがって、この返還義務は実質的に労働契約不履行に対する違約金の定めに他ならず、労働基準法第16条に違反し無効であると判断した 32
  • 意義:この判例は極めて重要である。裁判所が契約の形式ではなく、その実質と目的を重視する姿勢を示したからだ。これは、地域枠医師が自らの奨学金返還義務も、実態は労働者の退職の自由を奪うための違法なペナルティであると主張する際の強力な法的根拠となる。特に、裁判所が義務年限の長さ(6年は不当に長いと判断)や、勤続年数に応じた返還額の減額措置がない点を問題視したことは、多くの地域枠契約が持つ特徴と共通している 32

これらの訴訟は、地域枠契約をめぐる認識のパラダイムシフトを象徴している。かつては地域社会に対する「道義的」な義務違反と見なされ、ペナルティは当然の帰結と捉えられていた。しかし現在では、その契約が消費者保護法や労働法といった既存の法規範に照らして有効か否か、という純粋な「法的」問題として精査されている。もし裁判所が原告側の主張を認めれば、制度を支えてきた最大の強制力、すなわち破滅的な経済的ペナルティという脅威が無力化されることになる。そうなれば、地方自治体は医師を強制的に縛り付けるのではなく、魅力的なキャリアパスや労働環境を提供することで地域に引き留めるという、より建設的なアプローチへの転換を迫られるだろう。

表1:地域枠をめぐる主要訴訟の法的論点比較
訴訟名
原告の主要な主張
被告の主要な反論
主な争点となる法律

第5章 均衡の取れた視点:制度選択の指針と今後の展望

本章では、これまでの分析を統合し、地域枠制度を検討する受験生への実践的な助言と、制度の将来像を提示する。

5.1 リスクとベネフィットの総合的評価

地域枠制度は、入学時の大きなメリット(経済的支援、合格可能性の向上)と、卒業後の長期的かつ制約の多い義務との明確なトレードオフの関係にある。この選択は、目先の利益のみで判断すべきではない、人生を左右する極めて重大な決断である。

特に、進行中の訴訟が示すように、ペナルティ条項の法的執行可能性はもはや絶対的なものではなく、大きな不確定要素となっている。かつて「破れない約束」と見なされていたこの制度は、今やその法的基盤が揺らいでいる。この変化は、受験生と地方自治体の双方にとって、リスク計算を根本的に変えるものである。

5.2 受験生および保護者への提言

  • 徹底的な情報収集と契約内容の精査:契約書に署名する前に、義務年限の正確な期間、勤務地や診療科の具体的な制約内容、そして離脱した場合のペナルティ(奨学金の返還額、利息、違約金の有無と金額)を隅々まで確認し、理解することが不可欠である。
  • あらゆる疑問点の確認:出産・育児や病気による休職・離職の際の規定、キャリア形成支援プログラムの具体的な内容、そして正式に離脱が認められるための手続きについて、大学や都道府県の担当者に書面での回答を求めるなど、曖昧な点を一切残さない姿勢が求められる。
  • 長期的な自己分析と家族との対話:18歳の若者が、その後の10年以上にわたる人生を一つの地域に捧げる覚悟が本当にあるのか、あるいは医学部に入学したいという短期的な目標が先行していないか、冷静に自問自答する必要がある。将来のキャリアプランやライフプランについて、家族と率直に、そして深く話し合うことが極めて重要である 10
  • 専門家への相談:契約の複雑性と人生への影響の大きさを鑑みれば、署名前に弁護士などの法律専門家に相談し、契約内容の法的リスクについて助言を求めることは、賢明かつ予防的な措置と言える。

5.3 制度の進化と将来展望

現在進行中の訴訟は、地域枠制度変革の触媒となる可能性が高い。原告勝訴の判決が確定すれば、全国の地方自治体は懲罰的な違約金条項の撤廃や大幅な減額を余儀なくされるだろう。

これにより、従来の「ペナルティによる強制」を基本としたモデルから、「インセンティブによる定着」を目指す新たなモデルへの移行が加速するかもしれない。具体的には、より良い給与水準、充実したキャリア支援、魅力的な労働環境の整備といった、医師を積極的に惹きつける施策が中心となるだろう。制度の焦点は、「強制」から「維持・定着(リテンション)」へと移る可能性がある。

この一連の動きは、地域医療の確保という社会全体の要請と、医療を担う個人の基本的権利や自由とを、いかにして両立させるかという根源的な公共政策の課題を浮き彫りにしている。地域枠制度の未来は、この問いに対して、より持続可能で公平な答えを見出せるかどうかにかかっている。

参考

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